東京近郊の民家


足立区 赤羽家長屋門
この長屋門は、その昔、島根村の人々に、「金武様」の通称で知られていた牛込家のものであった。牛込氏は新編武蔵風土記稿にも出ている租封家で、幕末には、島根村の8割を占める大地主であったという。
建築年代は、定かではないが、江戸末期と伝えられている。赤羽氏が昭和14年に、屋敷とともに買い受けたものである。
桁行が18.5m 、梁間が6.7m の一重二階建である。
中央の戸口は、両側の太い主柱とまんじゅう金具等で飾られた両開きの大扉である。屋根は、寄棟造りの桟瓦ぶきで、長屋の両袖には、それぞれ四間の塀が付属している。
区内に現存する長屋門として、風格のある貴重な遺構である。
住所:足立区島根4-25-1 最寄駅:東武線西新井駅
(東京都足立区教育委員会表示板より)


江戸川区 一之江名主屋敷
この屋敷は、江戸時代初頭以来、一之江新田の名主を代々務めていた田島家の居宅です。
田島家は元禄年間(1688〜1704)に名主となり、江戸時代を通じて、代々名主役を世襲してきました。
屋敷地内にある主屋は、記録によると安永年間(1772〜81)の再建で、中世の土豪屋敷の風格を伝えています。約2100坪の敷地内に長屋門、主屋、蔵などの建物、池や築山から成る庭、屋敷林、菜園用の畑などがあり、屋敷神の稲荷も祀られています。
交通:都営新宿線 瑞江駅下車徒歩14分 駐車場はありません
(東京都江戸川区発行パンフレットより)


埼玉県八潮市 和井田家住宅・長屋門
17世紀末頃の創建と推定される。江戸期の和井田家は、中期から後期にかけ八條村名主を世襲し、安永2年(1733)から文政2年(1819)頃まで、八條領35か村の触継(ふれつぎ)役も兼帯した旧家であるため、往時の名主住宅をしのぶことができる。
母屋は、柱間8尺を1間とする間口9間半、奥行4間半の直屋(なごや)の喰違(くいちが)い四間取りである。東側は土間、土間周囲の側柱は手斧(ちょうな)削り、天井の桁・梁柱は二重梁、広間は九間取り、次の間には創建時の床の間、南面には出格子戸などの意匠が残る。往時の母屋は、東側に1間半のカヤマ、裏角の部屋がある大規模民家であった。西側の式台(玄関)および床の間付近は、現在までに改造されてはいるが、17世紀末の遺構をよく伝えている。
近世武家屋敷や民家の表門で、長屋形式の門を長屋門と呼ぶ。農村部における長屋門は、村名主や村役などの上層農民のみに造作が許され、長屋の梁間番所の有無、形式などに格付けが決められていた。和井田家長屋門は、母屋と同時期の創建と推定されるため、17世紀末の当地方における名主格の長屋門をしのぶことができる。
和井田家の長屋門は、間口8間、奥行き2間半の門で、名主格の長屋門としては質素なたたずまいである。
側柱は母屋と同様に栂材(つがざい)を用い、土台からの御髪(おぐし)高は4.6メートルほど。門東側は土間と板敷間で、門番と兼ねた農雇いの生活空間となり、西側は土間の一室で納屋として利用された。
昭和52年2月5日 八潮市指定有形文化財(建造物)
住所:埼玉県八潮市大字八條1377番地
交通:東武線草加駅より八潮団地行きバスにて八潮団地下車、徒歩15分。
説明文:八潮市発行『八潮市文化財ガイド』より
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